夫婦で都会の喧騒を離れ、新規就農へのステップとして道東・中標津町で酪農ヘルパーという職業を選んだ。もともと酪農とは無縁だった2人はどのような思いでこの道を選んだのだろうか。
「酪農ヘルパーから新規就農へ。」
(敏行)「都会に疲れてしまい、フリーターとして働く中で将来に不安がありました。そんなときに札幌で妻と出会いました。」
(裕美)「2人とも動物が好きだったんです。偶然ですが、午年の夫は馬が好きで、私は未年で羊が好きだった。そしていつの間にか2人で動物と関わる仕事がしたいね、という話になっていたんです。週末にはよく牧場に遊びに行ったりしていました。」
そんな中「マイペース酪農」(※)という本に出会い、感銘を受けた。
(敏行)「地域の風土に合った無理をしない程度の規模で酪農を営むという考えに共感しました。身の丈に合った経営だからこそ牛ものびのびでき、その分人も心の余裕もできる。そのような農業をしてみたいと思うようになりました。」
(裕美)「まず酪農を知るために2人で道北で酪農体験をしました。そこで酪農をやりたいという思いが強くなり、ヘルパーをすることに決めました。私の実家が網走ということもあり、実家に近い中標津を選んだのです。」
「楽しさ半分、厳しさ半分。」
取材当時は入社してまだ3カ月であったが、2人とも充実した表情で今の仕事について語ってくれた。
(敏)「肉体労働なので慣れるまで大変ですが、とても充実しています。どの農家にもそれぞれのやり方があり、どれが正解というものもありません。だからこそ、各農家の期待に応えられているのかというのにはまだ不安がありますが、プラスアルファの価値を提供できるように頑張っていますし、そのためには雑談も含め、農家とのコミュニケーションは大事だと思っています。」
(裕)「子牛は臆病で、ストレスがかかれば病気にかかりやすくなるので慎重に扱わなければなりませんが、手塩にかけた分元気に成長する姿を見ると安心します。また、牛は好奇心旺盛でもあるので自分に近づいてきたり、頭を掻いてほしくて顔を擦りつけてきたりするんですよ。そういう時は忙しい時でも癒されますね。」
(敏)「仕事は楽しさ半分、厳しさ半分といったところでしょうか。酪農家の生活がかかっているとても責任ある仕事です。だからこそしっかりと仕事をこなして、酪農家から感謝してもらったときはとても嬉しいですね。」
(裕)「出役先の農家では、少しでもわからないことがあれば質問するようにしています。技術の向上につながりますし、酪農家との信頼関係を築く上でも大切なことだと思っています。」
新規就農を目指して日々奮闘する高野夫妻。ヘルパー業務で厳しくも充実した経験を積みながら、着実に自分たちの夢に近づいてきているようだ。
(裕)「夢はやはり2人で新規就農することです。酪農家の皆さんから就農に向けたアドバイスをもらいながら、日々イメージを膨らませています。」
(敏)「酪農には決まった型が無い。自分たちで作り上げていくのが大変だけれど、その分やりがいがあると思います。完全放牧というのも言葉で言うほど簡単ではないとわかってきました。だから、ヘルパーとしての経験を積み上げていく中で、将来は、日中放牧など自分たちが考えるマイペース酪農ができれば良いなと思います。」
(取材 2014年11月)
※ マイペース酪農
放牧を基本とし、化学肥料や濃厚飼料などの外部資源の投入を最小限に抑え、土、草、牛の関係・循環を良好に整えることを重視する酪農。北海道中標津町の酪農家・三友盛行さんが提唱した。規模拡大路線に捉われず小さくてもゆとりある、永続的な酪農を追求する動きのこと。2000年に三友氏が同名の単行本をが刊行。